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2014(平成26)年度の活動

                                                                        
第八十四回 11月6日(木)参加者14
テーマ
段落=改行の分け方

エッセイ作品は小さな出来事ごとに段落を付けながら、組み立て、全体を構成していきます。改行ごとの一つのブロック(パラグラフ)は、一つの意味合い・新たな話題(出来事の小単位)でくくるのが理想です。気分や思いつきでなく、計算づくで段落をつけていくと、作品が際立ってよくなります。

@ 作者の呼吸にもよりますが、センテンスは3〜5個くらいがちょうど手頃です。(センテンスの理想・42字平均として)。読みやすさにもつながります。
A 話題の料処理においても、200字以内でまとめた方が切れ味は良くなります。一つブロック内にセンテンスが多いと、内容が捉えにくくなります。
B 視覚的な長短の工夫も必要です。一つセンテンスごとに改行すると、詩的な雰囲気になり、叙述文としては文章や視点が荒っぽく見えてきます。読み手の感じ方、捉え方が散漫になってきます。
C 一つ出来事でも、延々と文章がつづいて改行が無ければ、「べた書き」と言い、圧迫感から読みづらく、苦痛になります。
D つねに作品の流れによる緩急とリズムで、ブロックの長短をつけていくと、変化と勢いが出てきます。作者の文体づくりにも役立ちます。

【ポイントとコツ】
@ 初稿が書きあがった後、全体を通すよりも、まず段落ごとに統一感から加筆と削除をしていくと、焦点がハッキリします
A 書き出しから次の段落まで、さりげなく疑問形(あるいは自問など)の文章を入れておくと、作品の求心力がつきます。そして、全体を見直す。
B テーマの統一感からも手を入れていく。時にはブロックごと捨ててしまう。内容が引き締まります。
C 結末の段落は1〜3センテンスで止めると、読後感が良くなります。

「このところ皆さんの作品は巧くなりましたね。特に文章は磨かれています。すらすら読めます。それだけに全体の統一感が良くなってきています」というコメントを先生から頂きました。
今月で今年の教室を終わります。12月は冬休みです。新年にはみんな元気に集いましょう。

第八十三回 10月13日(火)参加者16
テーマ
擬音語と擬態語

エッセイのなかで、擬音語と擬態語は使わない方が賢明である。理由は、描写が甘くなるからである。時には児童文学だとさえ陰口をたたかれてしまう。

・『擬態語』とは、音を立てないものを表現する。
「きょろきょろ見廻す」「冬の星がきらきら輝く」「砂がさらさらこぼれた」「一人でくよくよ悩む」「先刻からいらいらしている」「涙がぽろぽろ落ちた」

・『擬音語』とは、外界の音を写した言葉である。
「廊下がぎしぎし鳴る」「犬がきゃんきゃん鳴く」「心臓がどきどきした」
「戸をぴしゃっと閉めた」「馬がぱかぱか走る」「雨がざーざー降りになった」

 擬音語や擬態語は他人が作った決まりきった言葉である。事実をしっかり見据えた描写だとはいえない。良い文章とは事象をていねいに観察し、「私」のことばで表現すれば、人の胸を打つ文章になる。それに反してしまう擬音語と擬態語はいっさい使わないで書く。この覚悟をもって書くのが望ましい。ただ、うっかり使ってしまう場合がある。
 
・人の態度は割に気づかないで使いやすい。
 きょろきょろ、そわそわ、ぼんやり、むっつり、やきもき、どきどき、なよなよ、ひやひや、ふにゃふにゃ、

・人の行動の場合は擬態語だと思っていない
  ずっしり重かった。じっくり考えた結果、すたこら帰って行った。
とげとげしい人間関係、ぼーと見ていた、べらべら喋る、きっちり閉める。

 擬音語や擬態語をどうしても使いたい場合は、過去になく、作者が独自に表現すれば、創作の効果として評価される。ただ、過度に滑稽となる場合があるので、要注意である。

本来10月6日の予定だった教室が、台風襲来のため、1週間延期して、13日になりました。スケジュールを組み込んでいる人もいたかと思い、心配していましたが、作品を提出していた16名全員の出席でした。しかし、この日も次の台風がやってきそうで、珍しく二次会はなく、早々に引き上げました。台風に躍らせられた10月の教室でした。
事務局から―「ご協力ありがとうございました」

第八十二回 9月9日(火)参加者15
テーマ
主語は文章のいのち

良い作品とは、全体の流れが良く、読みやすく、主語がハッキリしている。だから、どの文章も読み手の頭のなかにスーッと負担なく入ってくる。文意が難なく理解できる。
 逆に、駄作とは突きつめれば、2つの要因に集約される。

@ ページをさかのぼって読み返さないと、理解できない。「後戻り」
A 文章に首を傾げて、立ち止まってしまう。「一時停止」

 作者が考えるほど、読者はていねいに読んでくれない。「主語」が不明瞭の場合は、なにを書いているのか解らず、一時停止。
「えっ、これはだれの話?」
「どっちの人の話?」
「主語は何なの?」
作者はわかっているが、読者には解らない。だんだん読むのが嫌になる。読むことすら放棄してしまう。

「主語」が解りにくい文章(主語+述語が基本である)

@ センテンスが長すぎる。(平均で45字以内にとどめる)。
A 主語が文章の後ろ過ぎるので、肝心な主語がなかなか出てこない。
B 修飾が多すぎて、「主語はどこにあるのか」、それが解りにくい。
C 隠れ主語(省略)が続き過ぎると、読み手の負担になってくる。
D 描いた場面には、男性(女性)が複数いるのに、彼(彼女)は、と記する。誰を指しているのかわからない。
E 一つセンテンスに、意味を詰め過ぎて、二つ以上の主語になっている。
F 回りくどく、気取った言い方に凝(こ)り、主語を欠落している。

主語は極力、センテンスの頭に持ってくると、簡素で明瞭な作品が生まれます。

穂高健一先生は『二十歳の炎』を出版されました。
会員の清水文子さんが、第10回文芸思潮エッセイ賞の「最優秀賞」を受賞しました。
きむキョンヒさんは、奨励賞を受賞しました。
おめでとうございます。

『エッセイ教室80回記念誌』が出来上がりました。

第八十一回 7月8日(火)参加者16
テーマ
語感をみがこう

文章は書きなれるほどに、微妙な言い回しで、味わいふかい作品を生み出せる。文の表現が巧くなる。それを前提にして、ふだんから語句をみがくことである。
 叩きつける夕立があがると、太陽が燃え、西の雲が真っ赤に染まる。青空がより鮮明になる。ふだんは都会の濁川でも、焼けた雲が川面に映り、刻々と色が変化していく、見あきない神秘的な情景になる。
 語感の鋭い人は、これを表現するには、どんな色の言葉を当てはめるべきか、どのような表現で書くか、と考える。瞬間ごとに、頭のなかで、語彙を探している。濁川、神秘的、かたいな、ありふれているな、と精査する。
 語感をみがくコツは、見なれた景色のなかでも、常に語彙を探すことである。生活の中で意識するほど、ことばが適切に使い分けられる能力が高まってくる。
 反面、書きなれていない作者は、文章が気取って複雑な言い回しになる。やたら難しく、碧天、翠天、などの漢字をつかう傾向がある。次にくる言葉が、美しい夕焼けだった、と手あかのついた、紋切り型の表現になったりする。
 作者は上手く書いたつもりだろうが、妙に気取られても、文章が痘痕(あばた)に思えるだけだ。時には地の文のなかに、叔母様は、と入ったりする。読者の立場からすれば、あんたのおばさんだろう、身内に尊敬語を使って、おかしくないの、となる。
 
「下手だな、この人の文章は」
 表現が複雑な割に、適切な語彙が使われていない。気取りすぎて文意が解らず、いったい何を書いているのだろう、と読み手は立ち止まってしまう。「夫は」「妻は」と書かれても、こちらには顏もわからず、性格もわからない。
「語感をみがくコツはなにか」
 上手な文章家の作品をたくさん読んでみる。そして、真似てみることだ。語感が磨かれた人の文章は簡素で、気取りがなく、自分のことばで、さりげなく書いている。だから、すんなり頭に入ってくる。真似るだけでなく、応用してみるのがコツだ。くり返し積み重ねていけば、書きたい状況に見合った、適切なことばが使い分けられる能力が高まってくる。そして、この作者は語感が鋭いな、という評価につながる。
 語感をみがけば、感銘作品の創作に寄与してくれる。ふだんが大切である。 

今月のテーマのように、語感を磨いて、簡素でさりげない文章が書けるようになりたいものです。
二次会(17名のうち13名が参加)は、いつもの居酒屋で賑やかに過ごしました。次回9月には、また元気でお会いしましょう。

第八十回 6月11日(水)参加者15
テーマ
文章の料理法

  若い人と年配者の料理の好みが違います。味覚も違います。若い人はいつも違った作品を書く。年配者はいつも類似的な内容になる傾向があります。若い人は常に好奇心を持ち、きょうの関心はあしたの興味と違います。だから、エッセイ作品も毎回、新しい素材ばかりとなります。一方で、年配者はまず、「こんどは何を書こうかな」と過去の体験・経験をのぞき見て書こうとします。
 文章の腕前がいくら優れていても、美味しいご馳走が作れても、毎食が同じような料理では飽きがきてしまいます。
きょうはいいネタが入ったよ」優れた料理人は素材選びに目がきくものです。
 作者は材料集めが大切です。作者が若いという精神で、身の回りに問題意識をもってアンテナを張れば、どこからか新しい素材が発見されます。鮮度がよければ、気取った文章表現でなく、生のまま食べたほうがおいしい。

*
若者らはカメラを向けると、すぐピースサインをする。殺された二十代の女性の報道写真がピースをしている。60代の私には違和感がある。


*放射能汚染水を垂れ流し、いつ大地震が関東に来るかもしれない。そんな東京にオリンピックを誘致したのだ。開催中に大地震・大津波が来たら、私は外国人にどうしてあげたらいいのか。きっと我さきに逃げだすと思う。

*パリのすし屋で、カンボジア人が鉢巻をしてカウンターでにぎり寿司を握っている。ネタの大半は中華料理の食材である。人種差別の気持ちはないが、食欲がなくなった。

*大阪の道頓堀「くいだおれ」の倉庫から、円山応挙の「水呑虎図」が見つかった。応挙は江戸時代中期の代表的な絵師だ。私はこのニュースを聞いたとき、写生重視の彼が見たこともない虎を、なぜ描いたのだろう…、と疑問に思った。

次は何が出てくるのかな、と料理が楽しみになってくる。文章など凝らなくても、けっこう読ませる。
(半年間のうち4回の提出作品・書き出しより)

今回の教室は、午前1000から始め、お昼を挟んで1430までの講義になりました。遠くから参加の方は、朝早くから大変だったと思いますが、作品を提出した15人全員が出席しました。

第七十九回 5月6日(火)参加者16
テーマ
文章は流れるように書く

 ビジネス文は結論から書く。そして、その理由を書き綴っていく。叙述文はむしろ逆で、一つの起点を定めると、そこから行動が発展し、流れるように書いていく。これが逆になると、作品がゆるみ(底が割れる)、読み手の緊張感が損なう。あるいは後追いで、読まされている感じになる。

A 起点に読者を誘い込む。そのうえで、順を追って(時系列)書いていく。
*中禅寺湖の湖畔の紅葉がいま盛りだ。旅仲間の眼が赤く染まり、それぞれデジカメで撮っていた。
色づいたのは9月だよ、とお土産屋におしえられた。
 単なる説明にすぎなくなる。
*婚約を破棄した。彼は他の既婚女性と深い関係だった。私と付き合う以前からだと認めた。とても許せなかった。事情を両親に話せば、そんな陰のある性格なら、結婚してから離婚するより、いまの方が良いだろう、と言われた。
 底(結論)が割れてしまっている。婚約はすでに破棄しているから、ハラバラドキドキ感がなくなる。
*田植え機で植えきれない場所を補植していく。どろどろの水田で転んでしまった。嫌だな、と全身を見た。
この5月には農家に体験で出かけた。
 後付では、緊張感がそがれてしまう。

B 過去はどのように入れるのか。ここから過去に入りますよ、と読者に知らしめる。つまり、作者と読者の約束事を交わすのである。
*湖畔で紅葉を撮る私は、ふとこの夏の
海辺を思い出した。A子さんが何を思ったのか、10月半ば日光に行こうと誘われた。気の長い話だと笑ったものだ。
*婚約を破棄した。刷り上がった結婚案内状を見つめる私の脳裏には、
その経緯がよみがえってきた。
*5月の初体験の農作業は
忘れられない。蛭に噛まれるかも、とおそるおそる田んぼに入った。用心し過ぎると、かえってバランスを崩してしまう。

Cエッセイは心理優先で組み立てれば、読者が感情移入してくる。読者の共感を引き出すには、まず「考え」(作者の心理)を文中に現わしてから、「行動」を発展させていく。心理の切り口が良ければ、感動まで高められる。
今年も、学習の成果『エッセイ教室80回記念誌』を作成します。
事務局から皆さんに、掲載作品の準備を、お願いしました。
9月に出来上がる予定です。
第七十八回 4月8日(火)参加者16
テーマ
おしゃべりとエッセイについて

 エッセイの源泉はすべて体験と経験である。人生の部分的な復元でもある。日常会話のおしゃべりもおなじ。自然発生的に、頭に浮かんだ事柄を口にすれば、おしゃべりである。
 おしゃべりは話す相手によって内容を微妙に取り換えられる。
直前の事柄から遠い過去の出来事などに及ぶ。話しの組み立て方、話し方など、脈絡などはさして評価されない。曖昧な表現でも通じてしまう。

 多くのおしゃべりは、相手を見て、必要な事柄だけを口にすればよい。事実を伝えてから、「私」はどう考えたか、どう感じたか。相手の顔色とか反応とかを見ながら、感情のおもむくままに話しても、多くは成立する。相手がそれを嫌えば、適宜、話題を切り上げれば、すんでしまう。
 それをいざエッセイで書こうと身構えても、文章にはなかなかできない。素材があるのに書けない。芸術的、文学的なものは要求されていないにもかかわらず、過剰になりすぎ、途中でとん挫が多くなる。
 経験や体験が豊富な人でも、エッセイは量産できない。おしゃべりは冗漫さが許容されるが、活字では嫌われるからだ。事実に向かい合って簡素に書いてしまえば、メモとか、日記とか、作文とかになってしまう。エッセイはたんなる備忘録ではない。
「さらさらと書いた」
 多くの場合は嘘が多い。事実だとしても、口にしない方が賢明だ。文章の上手下手は別としても、エッセイの形式で書くとなると、文章を念入りに仕上げる、その工程は必然であるからだ。
『おしゃべりで話しを感動させても、文章にすると駄作になる』
 エッセイには創作力が必要である。テーマ(主題)、構成(ストーリー)、表現力の工夫。これが作品を読ませる力の三大要素だろう。
 歩んできた感動作品はまぐれでも書けるが、連続となると、書く経験と、文章力や表現力が必要だ。おしゃべりのくり返しは嫌われるが、エッセイ作品は時間をおいて、くり返し見直しすれば、磨かれてくる。それが筆力になる。
新しく2名の方入会されました。武智さんと金田さんです。
講師のHP「穂高健一ワールド」に、今月から作品3点を掲載することになりました。
第七十七回 3月11日(火)参加者15
テーマ
日常生活を書くポイント

 過去の出来事、思わぬ事故の体験、そして現役時代の歩みを書く。これだけでは、どこか特別、特殊なネタ探し、結果として執筆がマンネリになります。
 平凡と思われがちな日常生活にこそ、作者と作品がふかく関われるエッセイの神髄があります。私の日常には「ネタ」がいっぱい詰まっています。
 一人ひとりの感じ方、考え方、見方、視点の捉え方、切り口、そして描きかたは微妙に違います。その微妙な違いこそがエッセイの味です。積極的に、『きょうの私』を書いてください。
 作者にとって当たり前の日常でも、私を対象した、私自身のしっかりした観察がなされている。良いエッセイの書き手になります。

【ネタの探し方】
@ 日常生活を語るなかで、「こんなことで、ひと様から驚かれた」という実話を取り上げる。(私の小さな特ダネ)。
A あらゆるものに、負の「私」をつけてみるとヒントになる。(負は知りたい)
私の弱い科学知識、主婦の私の経済感覚、私の貧弱な法律知識、私のお粗末な科学力、私のスポーツ音痴、私の未熟な趣味、私の芸能音痴
B 日常のありきたりの素材でも、二つ、ないし三つを組み合わせる。作品が成立し奥行きがでる。(重層化)。
料理、掃除、郵便物、風呂、宅急便、習い事、ベランダ、茶の道具、庭木、買物、調味料、電球、位牌、落書き、襦袢、夕立、……無秩序な組み合せ
C 短詩系の作品から、ヒントを取りに行く。(材料を戴く)。
サラリーマン川柳、詩、新聞の短歌欄、他
D 現代のブーム、流行、それに「私」を結び付ける。(私の主張)
E 外出はネタの宝庫である。散策、旅行、ウォーキング、鑑賞……。(観察力)
F 「伴侶のいつもの小言」。私にはありきたりでも、赤の他人には興味深い。そこには人間生活で共感、共鳴、共通するものがあります。(普遍性)

【陥りやすいミス】
 エッセイの読者は見ず知らずの他人です。『作者が解っていても、読者が解らない』。視えるように書く。この推敲が大きな留意点のひとつです。
3月の教室は11日、「東日本大震災」が発生して、ちょうど三年目の当日でした。出席者全員で、犠牲者に黙祷を捧げました。
第七十六回 2月11日(火)参加者12
テーマ
書けなくなった時、それでも書く法

「一生書き切れないほど、題材がいくらでもある」
 そういう人は文筆経験がないか、さほど書いた実績がない人だ。作品を一つ書き終わると、絞り出したから、もう書くものがない気持ちに陥るものだ。次はなにを書くか。何も出てこない。ネタ切れで、心細くなる。
 素材を熟成して書く。これは理想だけれど、70作品も書き続ければ、考えるほどに類似的なネタになってしまう。過去の作品に似てくる。

@ 新作の発見法
 何でもよい。なにかしら「一つ言葉」を書き出してみる。パソコンに『車』こんな単語を打ちこむ。関連する言葉を拾う。「友人の車」は赤く派手だったな。「黒」だと、霊柩車だな。縁起が良くない。赤い車を乗り回していた友人は画家志望だったが、会社員になった。『絵』といえば、わが家に飾られた油絵は『富士山』だ。『カレンダー』とは違った味だ。富士山に登ったな。山小屋から真夜中にライトをつけて登った。夜風が寒くて震えた。でも、眼下に甲府盆地の微細な光が点在して神秘的だった。これを素材にして書くか。
A 題材の掘り下げ方
 登山体験や経験の記憶だけで書くと、作文的な作品に陥りやすい。そこで、富士山の関連する材料を集めてみる。標高は3776メートル、山梨県か静岡県か。世界文化遺産、浮世絵の富士山、休火山、最後の噴火はいつか、修験者たちは仏教徒。山頂はなぜ鳥居なのか。富士講、富士山麓の湖、遭難死、なぜ二等三角点か、風呂屋の絵、飛行機から見た富士山、
B 考察(組立て)
 それら富士山の関連素材と登山体験と織り交ぜると、作品が厚くなる。『山頂の標高は3776メートルで、見た目にはなだらかな山容だ。8合目表示の山小屋がやたら多く、しだいに北斎の浮世絵の富士山に似てそそり立ってきた。寒いし、顎があがるし、子どもすら登ってきて追い抜くし。……』
C 題名とテーマ
 この手法の場合は「仮題」で書くのがコツです。最後まで書いてみて、ラストの数行から、『一言で言い表せる』テーマを拾いだす。
本年最初の教室で、12名の参加でした。大雪のあとでもあり、小雪もちらほらの寒い日でしたが、全員元気に集合しました。
今年も魅力ある作品を目指しましょう!

講師:西原健次 毎月1回開催(1月、8月休講)
場所:新橋「生涯学習センターばるーん」 
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