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第187回 令和7年3月25日(火) 参加者13名
「目黒川お花見の顛末」
春の訪れとともに、日本全国で桜が咲き誇る季節がやってきます。その中でも目黒川沿いの桜並木は特に有名な人気スポットです。そんな目黒川でのお花見計画が思いもよらぬ失敗に終わった一日を振り返ります。
今年も目黒川の桜が満開を迎えるとのニュースを聞き、「日だまり」でお花見を楽しむための計画を立てました。天気も快晴で、絶好のお花見日和でした。
午前11:30に田園都市線池尻大橋駅に集合しました。今回の参加者は何時より少ない13名でした。桜のトンネルが広がる美しい景色を期待していたのですが、まだ開花には程遠い状態で一輪・二輪咲いているだけでした。
でも昼食は予約済みですのでそれまで時間を過ごさなければなりません。少し歩いているとパワマンがありそこに空中庭園があるとの掲示があったので、そこを見学して時間をつぶすことにしました。しかし、庭園に行くエレベーターの場所が分かりません。丁度そこにパワマンの管理をしているらしい人がおり、エレベーターの場所を教えてもらい、やっと空中庭園に行き時間を潰すことが出来ました。
また、お花見の時期は近くのレストランはほとんど昼食予約が出来ない店ばかりで、やっとイギリス料理の店が予約できました。イギリス料理というのはあまり聞かないので不安半分、期待半分での予約でした。 でも、食べたことのないサラダやメインディッシュは思いのほかおいしいものでした。
「日だまり」は約一か月前に日程を決めますので、お花見のように日程を決めるのが難しい行事をするのは考えものです。また、参加者募集が終わって満開時期が合わないと思った時期に日程を変更することも考えましたが、かえって混乱すると考えそのままにしたのも失敗でした。お花見のように「花見」そのものを目的にした行事は変更する勇気も必要だということを痛感しました。
そのような訳で、目黒川お花見の計画は大きな失敗に終わってしまいました。参加者の皆さまにはご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。
追伸:今日(3/28)TVを見ていたら目黒川の桜は満開になっていました。3~4日の
違いでした。
第186回 令和7年1月20日(月) 参加者20名
「日枝神社 初詣」
1月20日(月)、毎年恒例の「日だまり」(初詣)を行いました。 政治の混乱が続く現状から、今年は国会議事堂に隣接する「日枝神社」を選びました。
日枝神社は江戸の郷の守護神として1478年、太田道灌が江戸城築城に際して城内に鎮護の神として建立し、江戸の町の繁栄の礎を築きました。1603年、徳川家康が江戸幕府を拓いてより、江戸の守護神として人々にあがめられてきました。
現在、私たち東京都民にとっても大切な神社であると言えます。
当日正午、東京メトロ・銀座線「溜池山王駅」改札口に20名が集合しました。
大都会のビルの中を通って、長いエスカレーターで地上へ出れば、「えっ、ここに神社があるの?」という高層ビルの谷間、そこから20名が好天青空の下、「百歳クラブ旗」を持つ辻さんを先頭に200メートルほど歩いたところに、神社に上る 「ながーいエスカレーターの乗り口」がありました。私達にとってエスカレーターが無いと神社参拝は無理です。助かりました。
日枝神社は明治神宮のような厳かな静寂に包まれた環境ではありません。 大都会の喧騒がかすかに聞こえてきます。1月20日というのに、初詣の人がまだまだ多くて、特に外国人が多くて混雑していました。 聴こえてくるのは英語か中国語のようです。
まず、みんな揃って「本殿」に参拝しました。 それぞれ1年の祈願をしました。 その後45分間、自由に神社内を散策しました。赤い鳥居で有名な「山王稲荷」や「宝物殿」もあり、それぞれ有意義な時間をもつくことができました。
アフターは山を下りて徒歩10分、赤坂見附駅に近い「三九厨房」という、大衆「町中華」の大きなお店です。世話人の喜田さんがお料理も飲み物も全て注文をしてくれました。午後3時までの2時間、美味しい中華料理と飲み物で楽しい新年会を行いました。
次回は3月の「お花見の頃」の再会を約束して、午後3時に解散となりました。
(喜田祐三 記)
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